切れ端のメモ「人は、遅かれ早かれいずれ死ぬ。肝心なことは”死に食われぬ”ことだ。というのが出てきた。誰の言葉かも、何からのメモかも書かれていなかった。しかし、「肝心なことは”死に食われぬ”こと」の、”死に食われぬ”とは、どういうことだろう、と、やけに気になった。
偶然に、雑誌『サライ』の「サライインタビュー」を読んでいて、死にまつわる言葉を見つけ、心に残った。『魔女の宅急便』の著者角野栄子が、「83歳、まだまだ書き続けますね」と問われ「好きだから書く。それ以上のことはありません」(『サライ』、2019年1月号、、p20)と答えていたのだ。この姿勢、この生き方こそ、”死に食われぬ”ということであろう、と納得することができた。
これまた、「サライインタビュー」で、画家の千住博さんが語っていたことを思い出した。 「何を大事にすればよいのでしょう」と問われて、「プロセスです。例えば武道で考えると、剣道も柔道も勝てばいいというわけではない。柔道では試合の途中で道衣が乱れると、中断して直します。勝ち負けよりプロセスを大切にする。それが"道"であり、すなわち生き方の問題なのです。これはアナログの世界だと思います。デジタルの0と1の世界だけでなく豊かなグレーゾーンを持つこと、それが奥行きのある文化の内実でもあります」(『サライ』、2022年1月号、、p79)と答えていたのだ。
なぜ、千住博さんの言葉を思い出したか、「生は、”死に向かうプロセス”」と考えることもできるのではないか、と思ったからである。プロセスが良ければ、死など、なんともない。柔道の結果が勝っても負けてもサバサバしているようなものではないか、と思えたのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿