2021年9月19日の東京新聞が、「安保法成立6年 野党の廃止法案審議されず、政府は既成事実化」という記事を書いていた。この記事を読んで、「野党はこれまで廃止法案を提出してきたが、与党は審議を拒否。国会で十分に議論しないまま、政府は適用実績を積み重ね、既成事実化を進めている」ということを知った。正規の手続きを経た野党の国会開催要求も退け、どれだけ憲法と民主主義というものを無視しようとするのだろうか。
東京新聞社で撮影したという国会前に集まったデモ隊の写真から安保闘争のことを思い出した。同じようにデモ隊が国会に押し寄せ、国会も紛糾する中で強行採決された。強行採決は、言論の言論の府での最たる暴力と言ってよい。悪法の数々が、こうした暴力によって成立してきたことを思うと、その力の根源を問わずにはおれない。
その根源というのは、資本主義社会に貫いている人知を超えた力である。人知を超えたものといえば、神ということになる。戦時中、現人神として大きな力を発揮したことは記憶に新しい。資本主義社会に貫いている人知を超えた力というものは、そういうものではない。マルクスは、そうした力を物神性と言った。商品というものが、「人間から独立して人間と対立し、人間を支配する」(『社会科学辞典』、社会科学辞典編集委員会編、新日本出版社、p 163)というのだ。
政府は、「敵基地攻撃」能力を持てるように、そうした兵器を持とうとしている。確かに、これは政府の用人によって、あるいは役人の意志によるものだ。しかし、その背後に米軍による力が、アメリカ政府役人の意志が働いている。この場合も、背後に控えている力がある。兵器産業の面々の意志である。ここで、兵器という商品の物神性が大きな力となって人間を支配し始める。だからこそ、この力を侮ってはいけないのであり、人間が束になって抗っていかないといけないのだ。
(安保法案に反対し、国会議事堂正面の道路を埋め尽くし廃案を訴えるデモ参加者=2015年8月30日、東京・永田町、東京新聞社ヘリ「あさづる」から)2021年9月19日東京新聞より
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