2021年12月10日金曜日

小田実の「疑問のすすめ」

 小田実さんの「疑問のすすめ」を読んだ。そして、彼の心配した通りに世の中が進んできたことがわかった。自衛隊や天皇制について、「まだまだ既定の事実ではないのだが」、と、それらが規定事実化するのを心配していたが、彼の心配通り、自衛隊も、天皇制も、当たり前のように規定事実化している、と言ってよいのではないだろうか。
 象徴天皇はともかく、自衛隊は、まともに考えれば違憲であることは間違いない。憲法学者も、違憲と考えている方が多いと聞く。しかし、そうした声など耳を貸さず、大手を振って、憲法を踏み躙ってきた。そうしておいて、憲法改定によって、名実ともに合法的な自衛隊にしようとしているのだ。
 戦後の数年間は、新憲法制定によって民主化が進んだ。にもかかわらず、「逆コース」が始まってしまった。反民主化の流れが生じ、今日まで、その流れは、徐々に大きな流れになって、さまざまな障害を産んできた。その最たるものは、松川事件であろう。しかし、その松川事件さえ、忘れ去られようとしている。止まれ!
 逆コースの実態、その歴史を知らずに、日本の未来を語ることなどできないのではないか。改憲の要求も、実のところは「逆コースの総仕上げ」であろう。だからこそ、既定路線化しつつある自衛隊が逆コースの産物であることを明らかにしていく必要がある。そうして、なんとしても改憲を阻止しなければならない。
 私が気になるのは、青年の政治思想の保守化よりも、意識の保守化、固定化である(二つが容易に結びつくことは言うまでもない)。それは既存の事物に対して疑問をもたないという態度に、もつともよくあらわれているだろう。マルクス主義に対する無条件な信頼は、ようやくかげをひそめてきたようだが、逆に、それは、日本の社会の現在の体制への無条件な信頼となりつつあるようだ。どうしてこう極端から極端へと動くのか。若い人々を見ていても、社会を見ていても、私は疑問に思う。
(中略)
 疑問をもたないと言えば、自衛隊と天皇制についても、もっともっと議論が起ってもいいようだ。たとえば、自衛隊をどうするか、増強するのか、このままでいいのか、へらすのか、なくすのか(またいかにしてなくすのか)、あるいはまた、天皇制を存続させるのか、なくすのか―一一それはまだまだ既定の事実ではないのだが、人々の心のなかで、ことに若い人々の心のなかで、すでにあたかもそうしたふうに定着しかかっているように見える。(「疑問のすすめ」『小田実全集 評論第4巻』、講談社、2010年、P221)

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