2021年6月9日水曜日

「人類」と「徳」の概念の重要性

 最近は、防水のKindle端末で風呂場でも本を読むようになった。風呂場では、まだ、これまでも三度取り上げた『人生の短さについて』(中澤務訳、光文社古典新訳文庫)を読んでいる。


 今は、「心の平静について」を読んでいるが、紀元前に、すでに人類の概念があったことに驚いている。それに比べて、いまだに自国にこだわり、軍事的な防衛に血眼になっているのが滑稽にさえ見えてくる。例えば、こうだ。
 隠居するときには、気をつけるべきことがある。すなわち、どこに隠れて自分の閑暇を過ごすにせよ、知性と言葉と助言を使って、個々人はおろか、人類全体の役に立ちたいという思いを持つことだ。(「心の平静について」『人生の短さについて』、中澤務訳、光文社古典新訳文庫)
 徳にも言及していて、思わず、「素晴らしい」とメモしたところもあった。
 あなたが学問に専心するなら、あなたは、人生のあらゆる退屈から逃れることができるだろう。昼の光に飽きて、夜が来るのを待ち望むこともなくなるだろう。自分が重荷でなくなるだろう。そして、だれかの役に立てるようになるだろう。
 あなたは、たくさんの人々を引きつけて、友人にできるだろう。最良の人たちが、あなたのもとに集まってくるだろう。じっさい、徳というものは、いかに微弱であっても、見えなくなることはなく、その信号を外に発している。だから、徳の名に値する人はだれでも、徳の足跡を追って、やってくることになるのだ。 (上に同じ)
 徳といえば、どちらかといえば、東洋文化圏の概念と思っていたが、そうでもなかったようだ。これから、もっとこうした概念が重要になってくるような気がする。

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