しかし、この場合の認識のズレは、民主主義そのものついての”認識のズレ”から生じている可能性が大きい、そう私は考えている。だからこそ、民主主義の定義についての共通認識が重要になってくるし、その努力が求められているといえよう。そもそも、前提が違っていたら、議論は成り立たないからである。
ここに、最近見つけた民主主義についての定義らしき素晴らしい文章を紹介する。
民主主義の本質は、自由な理性を基礎とする政治原理である点にあり、これを妨害し束縛する権威があるときには、反抗勢力としてあらわれるのである。民主主義は一般に、人民の支配による政治と考えられているが、国民が直接に政治を行うことではなくて、政府の意志形成に進んで参与する政治体制のことである。したがって民主主義のもとでは、国民が特定の政府をつくる機会を与えられ、政府の公布する法律が等しくすべての人々を拘束する。
民主主義はさらに、反対するものに対しても、政府を支持するものに対すると同じ市民的権利を与える。すなわち、社会における利害の相剋と意見の対立とを前提し、いかなる個人も一切の権威によって強制されることなく、論議によって行われる集団的行動の体制である。したがって、しばしば多数による政治であるといわれる。しかし多数といっても、それはあくまで個人を基礎とするのであって一部の集団的大衆に依頼するのではない。後者が集団特有の心理によって、理性を欠いた横暴の行動におちいりやすいことは、述べるまでもないであろう。多数の支配は、多数の横暴ではない。一切の人間を、権力の束縛から解放することである。そこに民主主義における市民的自由の基盤がある。(『社会思想読本』、木村健康編、東洋経済新報社、1975年、p230〜231)
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