2024年10月1日火曜日

幸福感度を発達させる

  同じ出来事に遭遇しても、人によって捉え方はさまざまです。毎日目覚めること、三食食事が食べられることなど、何も感じない人がほとんでしょう。そうした何気ない日常のできごとにも、感謝を抱いたり、幸福感を感じたりする人もいるようです。ブックデザイナーの名久井直子さんもその一人で、彼女は、「日常の細部に喜ぶ」(『PHP』、2023年10月、p27)というエッセーで日常的なさまざまな楽しみを紹介しています。
 斉藤一人さんによると「どんな些細なことにも感謝できる人は幸せ。結局何があっても幸せと思う人を誰も不幸にすることは出来ない」そうです。同じようなことを宇野千代さんも言っていたことを思いだしました。ご飯を食べられて幸せ、朝目を覚まして幸せ、と日常の些細なことにも幸せを感じることができる才能について言及していたのです。確かに、同じご飯を食べても、当たり前に感じている人と、ご飯を食べられただけで幸せと感謝できる人とでは、どちらの人が幸せか、それは言わずと知れたことです。
 このように、些細なことに感謝できるようになることはできても、「何があっても幸せ」と思えるようになるのは難しいかもしれません。特に、大きな災難があったとき、大きな失敗をしたときは、誰でも落ち込むものだからです。エジソンは、実験室が丸焼けになってしまったとき、これで、また一から始められるというようなことを言って、平然としていたそうですが、よほどできた人でない限り、エジソンのようなわけには行かないからです。
 しかし、「何が幸いするか分からない」と言われることがあるように、一時的に落ち込むことがあっても、諦めない限り、災い転じて福(吉)にすることも可能です。考えようによては、前に進む過程そのものも、幸せそのものだからです。

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