久しぶりに戦争映画を見ました。一人の部下を救出するために、ヘリコプターからの機銃操作で次々と敵兵を殺戮して行くシーンが印象的でした。あたかも虫けらを蹴散らすように敵兵が殺戮されて行くのです。殺戮された敵兵一人一人にも家族があり、その家族も敵兵の無事を願っていることを思いやる余裕など、みじんもないのです。
このような戦争映画見たり、戦争もののゲームしたりすることは、多くの人間を殺戮する仮想体験をしていることになります。するとどうなるでしょうか。
戦争で人間が殺されることに関して鈍感になってしまいます。それだけでなく、戦争そのものについて肯定的になってしまうに違いありません。戦争につきものの「人間が戦死すること」について鈍感になってしまうのですから当然です。
どれだけの戦争映画や戦争もののゲームが出回っているかは知りません。しかし、相当出回っていることは確かです。それだけ、戦争そのものについて肯定的にとらえている人が多いと思われます。戦争したい勢力に対抗して平和を守っていくことが一筋縄で行かないわけです。
このような状況では、いつまでも「平和を守る」というような受け身な姿勢では「戦争したい勢力」に太刀打ちできません。これからは積極的に平和を創造して行くことが必要だと思います。平和を願う人みんなが知恵を働かせ、平和を築いていくことが大切になっていると思うのです。
その例として考えられるのは、戦争映画を見て批判的に評論すること、とか、反戦文学の創作などです。ユニークな反戦運動の創造も考えられます。また、『アサヒグラフ』(1958年8月6日号)に、「貴方の戦争防止策は?」というアンケート結果が掲載されていました。なかなか良い”問い”です。同じ”問い”を発し続けることです。要は、知恵を集め、平和を創造していきたいものです。2005年05月29日(2024年10月24日第二稿)
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