2024年10月8日火曜日

百歳への希望

 2009年に、「百歳への希望」(注)という文章を書いていました。多くの100歳を迎えた高齢者に共通するのは、幾つになっても人生を楽しんでいることです。それだけ脳が若いということであります。特に前頭葉が活発のようです。北斎など、著名な芸術家がそれを証明しています。
 最近見つけたエドナ・ミレーの詩「新生」を読むと、心の力強さ、魂の力、偉大さに驚きます。老いというモヤモヤも吹き飛ばしてくれそうな、この力強い魂の正体はなんでしょう。前頭葉の持つ力に違いありません。

世界も吾が心より宏くない
大空も魂より高くない
心は海をも陸をも意の如く押しやり
魂はみ空を真二つにさいて、
神のみかほを照らしだす
けれども、世界を意の如く出来ない心は
やがて世界におしつぶされる
低くいやしい魂には、
やがて大空さえ
おしかぶつてくるであらう。(「エドナ・ミレーの詩「新生」の最後の十二行」『上代たの文集』、上代たの文集編集委員会編、日本女子大学英文学科、1984年、p383〜384)

(注)「100歳超えても現役」(朝日新聞、2008年9月10日)という新聞の切り抜きがある。
 書道歴50年で月に4回の書道教室を開き、90歳で初めて海外旅行に行ったという100歳の菅谷藍さん。「定年後の暮らしに潤いを」と53歳の時に茶道を習い始め、弟子を持つまでになり、その上ノートに栽培記録を書きながらイチゴを育ている101歳の間宮廣さんが紹介されている。このような100歳老人に、できることならあやかりたい、そう思って、このような記事は必ず読むようにしている。だから、「100歳万歳」というテレビ番組もよく見るようにしている。
 また、「100歳老人」というファイルには、朝から晩まで新薬作りに励む佐藤茂蔵さんと、囲碁や菊作りと趣味豊かな川瀬直治郎さんなど数人の「100歳老人」が紹介されていた。皆、目標をもって生きているのが印象的だ。しかし今回は、「百歳への希望」をもてる発見があった。川瀬直治郎さんは、六十になるまではほんとうに体が弱く、医者にも「長生きできん」と言われていたという。それなのに、その後は医者にかかなくてもよくなったというのである。つまり、60歳まで病弱であっても、100歳まで生きられるという事実を発見できたのである。
 働き者、被爆にめげずという広島の西久保健次郎さんの存在にも勇気づけられたが、川瀬直治郎さんには、もう一つ、大切なことを教えられた。普通、医者に「長生きできん」と言われていたら、それがマイナス暗示となり、とても長生きできるとは思えない。しかし、マイナス暗示をはねのけて、長生きできるという事実である。その大きな要素は、20歳のころから囲碁を続けており、「相手がいないときは、ひとりで新聞の並べて楽しんでます」というくらいに毎日頭を使っていることではないだろうか。
 つまり、囲碁の楽しみが「マイナス暗示」を受け付けず、逆に、跳ね返してしまったとしか言えようがない。それだけ、日々、没入できる仕事や趣味を持つことが、とりわけ、100歳を目指すものにとっては、重要なことといえよう。2009年08月07日

0 件のコメント:

コメントを投稿