前に見たテレビで、娘と夫を亡くして一人暮らしをしているおばあさんのことを放送していました。一時は何もする意欲を無くしたおばあさんですが、お地蔵さんの前掛けを作るようになってから元気を取り戻したました。以来毎日毎日お地蔵さんの前掛けを作る生活を続けたというのです。そんなおばあさんの生き方を知って、「お地蔵さんの前掛けを作りながら、毎日毎日亡くなった夫や娘さんと対話している」ように思えました。
なぜ、このような人生に興味を覚えたのか、考えてみました。そして思ったのが、宗教的な無心な境地です。信じる心を持って、ただひたすら「お地蔵さんの前掛けを作る」という行為が禅の行そのものに思えたのです。ということは、私の心の中では、このような禅の行になるような生き方を求めているのかも知れません。
そういえば、高校生のときに”作りに夢中”になったときがありました。そのときも、考えてみれば禅の行のようなものでした。ただ、そのときは数日続いただけです。しかし、禅の行のような生き方となると、”夢中な行為”、あるいは、”無心な行為”を毎日続けることが必要です。
そのためには、無心になれることを探すことです。しかし、すぐにでもできることは、どんなことにも一生懸命取り組むようにすることです。今まで嫌だなと思っていたようなことも、心を入れ替えて、一生懸命やってみるのです。そうすれば、すぐにでも「禅の行に似た生き方」ができそうです。さあ、明日から、いや、今から実践してみましょう。ひょっとしたら、これこそが”現在に生きる”ことなのかもしれません。
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