私は、非武装中立路線こそ正しい道だと思ってきた。そんな私も、ウクライナの現実を前にして、考えが変わってしまったことがある。小林節さんの次に紹介するような「独立主権国家として、『専守防衛』に徹し、その準備は常に怠らない。つまり、今回ウクライナが世界に示したような優れた自衛力を保持し続けることが望ましい」という論説を読んで、非武装中立は理想の姿として棚上げしてもいいのでないか。つまり、国際環境が安定するまでは「自衛権に徹する武力もやむなし」と、方針転換をしてしまったのである。
日本は、9条の下で今後も次の政策を堅持できるし、すべきであろう。
①他国にこちらから戦争を仕掛けないし、さらに、他国間の戦争には参加「できない」。しかし、②独立主権国家として、「専守防衛」に徹し、その準備は常に怠らない。つまり、今回ウクライナが世界に示したような優れた自衛力を保持し続けることが望ましい。
これが、政治的にも憲法的にも正しい独立・自衛策のはずである。(小林節著『日刊ゲンダイ』、2022/03/04)
しかし、連日のウクライナの惨状を見るにつけ、自らの方針転換に自信を無くし、方針転換の間違いに気がついた。自衛権に徹すると言っても、そうすれば、日本における惨状を防げるのか、日本における戦争を防げるのか、という疑問が消えなかったからだ。自衛権を行使した時点で、戦争を始めてしまうことになるのは、なんとしてもおかしい、と。
逆に、自衛権に徹するという条件付とは言え、武力を肯定することになり、紹介写真にあるような、沖縄にある反戦平和資料館に掲げられた言葉「すべて剣をとる者は/剣にて亡ぶ(聖書)」「基地をもつ国は/基地で亡び/核を持つ国は/核で亡ぶ(歴史)」の真理性を疑う(否定する)ことになってしまう。
やはり、日本国憲法が示した通り、「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを」(前文)を国家の最優先課題にすべきだし、その具体的な方策を国家を上げて取り組んでいくべきなのである。このような取り組みを何もしないで、「優れた自衛力を保持し続けることが望ましい」などということは、正しくなかったのだ。

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