2022年6月16日木曜日

未知を明らかにするのは楽しい

 昨年、沖縄などに大量の軽石漂着をもたらした小笠原の海底火山「福徳岡ノ場」の大規模噴火があった。過去100年で国内最大規模となったこの噴火がどのようにして起きたのか。噴火の真相に迫るための研究の成果を、NHK放送、サイエンスZERO「軽石漂着の謎に迫れ 最新報告!海底火山“福徳岡ノ場”」で知った。この放送で語っていた研究者の言葉が素晴らしかったので、メモしておいた。
 それは、「わからないものが多いほど興奮する。未知を明らかにするのが、やっぱり楽しい」という言葉と、「石を見てきれいな鉱物が入っていると、そういう鉱物がどう入っているのか何が入っているのか、あるいは泡が入っているのか入っていないのかを丁寧に見ていくところが楽しみの一つで研究している」という言葉だ。この言葉を聞いて、社会科学の研究でも、あやかれないものだろうか、と閃いたことがある。
 まず感じたことは、わからないことが多いはずなのに、それはおかしい、という批判的な感想と、その通りといういう共感の感想を抱くことが多くて、わからないことそのものが明確になっていない、ということである。「無知の知」という言葉もあるが、これができていないということだろうか。どうすればいいのか、まだわからない。
 もう一点感じたことは論文の読み方に関するもので、論文一つを一つの石にたとえ、気になる論点があったら、「そういう論点がどう入っているのか、他にどんな論が入っているのか、あるいは論点以外の何かが入っているのか入っていないのかを丁寧に見ていく」ことができないだろうか、ということだった。

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