2022年6月5日日曜日

戦争を防ぐ最良の方法

 かつて、ソ連を仮想敵国として対峙していた時期があった。しかし、ソ連が崩壊したこともあり、やがて、北朝鮮や中国が仮想敵国として対峙するようになった。軍事力の必要性を説得力をもって説明するためには、なんとしても、敵国が必要なのだ。しかし、敵国があり、たとえ、そのことによる脅威があったとしても、その対策は敵国を敵視することだけではない。「どうしたら"脅威"でなくなるかを考える」(『憲法第九条』小林直樹著、岩波新書、1982年、p 156)道もあったのだ。
 そもそも、同じ山に登るにしても幾通りの登山道があるように、どんな問題にも解決策を幾通りか考えるものである。一つの方法を持って、それを絶対視するようなことはない。その方法が唯一の解決策とは限らないからだ。防衛論にしても同じであり、軍事力を唯一の解決策と絶対視することは、絶対視した時点で間違いになる。
 それに、敵国があったとして、敵国が軍事的脅威を感じた時の攻撃対象は、当然軍事基地となるであろう。つまり、軍事基地が存在する限り、攻撃を受ける危険性を伴うということになる。そうでなければ、初めから民間施設が攻撃対象になる。今時、そんなことが許されるはずがない。やはり、戦争を「防ぐ最良の方法は、米軍基地や攻撃的兵器を廃棄することではないだろうか(上同、p 159)。以下に参考となった著書からの引用しておく。

 かりに、「広い意味での"脅威"であるにしても、どうしたら"脅威"でなくなるかを考えるのが筋道であって、それを初めから敵視するのは、大失敗のもとになろう。しかも、隣国を仮想敵国に見たてて、いたずらに国民の敵愾心をあおることは、何よりも日本の平和主義にも反する」(『憲法第九条』小林直樹著、岩波新書、1982年、p 156)。

 仮想敵国を作らず、どこの国とも親しくつきあうのが日本の平和主義のあり方だということは、六〇年代までは広く認められていた。ところが、七〇年代の中頃から、いわゆる”防衛対象国”はソ連にしぼられ、(中略)ソ連の「侵略」や攻撃が語られるようになった。(p157)

 ソ連が日本に軍事力を行使する危険があるとすれば、それはソ連にとって日本が明らかな敵性国として、現実の脅威になる場合である。すなわち、ソ連が日本にある敵性基地や軍事力を叩かなければ自国の安全が脅かされるという理由から、対米戦争のような大緊急時に日本の軍事要点を攻撃する可能性は、かなりありうるとみておくべきである。特に原潜基地・飛行場・ミサイル基地等は、場合によっては核攻撃の対象ともなろう。この意味での「侵略」の蓋然性は、まさに日本が日米安保等により、攻撃能力のある基地体制を有するが故であって、それを防ぐ最良の方法は、米 軍基地や攻撃的兵器を廃棄することではないだろうか。p 158~159)

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