折しも国 連世界食糧計画(WFP)は「第二次世界大戦以来、目にしたことのない」大惨事と警告しており、私たちは数カ月のうちに世界規模で広がる飢餓の光景を目の当たりにする可能性が高い。日米やIPEFがいま話し合うべきはこの問題のほかにはないはずだ。
農地があっても肥料がなく、世界的な収穫量の減少と買い占めで食糧価格の高騰が止まらない危機は、日本も例外ではない。食糧の安定供給はまさしく安全保障の課題だが、これがすでに厳しくなっている以上、国民としては言葉が躍るばかりの「拡大抑止」より、米や大豆の増産と備蓄の話を聞きたいと思う。あるいは途上国支援や国際協調の話を聞きたいと思う。このままでは日本でも本格的な食糧不足に陥る可能性は十分にあり、そうなれば私たちは生存のためのまったく新しいフェーズに入ることになるが、必要なのは種々の新たな食糧生産やそれに関連した技術開発であって、軍拡競争でないことだけは確かである。(『サンデー毎日』、2022年7月3日、p37)
すでに参議院選挙は始まっている。しかし、防衛費云々が先走り、食糧危機に関する議論は聞かれない。さらに不安なことに、政府の支持は堅調で、極右政党とも言われている維新までもがもてはやされ、立憲民主を越えるかもしれないとさえ言われてきた。どんどん右傾化し、引き返せないほどの変革が起きてしまうのだろうか。
だが、心配していても始まらない。信じることを、やれることをやるだけだが、それは、かき消されそうな(憲法が指し示す)正論を拾い上げ、記録し、発信していくことである。あとは、国民の心を信じるだけだ。
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