2022年6月14日火曜日

鑑真和上こそ中日和平の架け橋

 新聞の報道を見ていると、中国や北朝鮮の動きを懸念する声が多くなってきている。それに対し、「中国の行動に懸念があるなら、中国と深い交流関係を築き、紛争を起こさないように信頼関係を築くしかありません」(「理想主義を通したい」より)という法政大学名誉教授・前総長田中優子さんの声を紹介したばかりだが、日曜美術館の「落慶 唐招提寺御影堂 ~鑑真和上と障壁画~」(2022年6月12日放送)を見て、「唐招提寺と鑑真和上こそ、中日和平の架け橋になるのではないか」と思った。

     鑑真和上坐像(国宝)

 唐招提寺の鑑真和上(688~763年)は、唐の揚州に生まれ、14歳で出家し、洛陽・長安で修行を積み、713年に故郷の大雲寺に戻り、江南第一の大師と称された。
 天宝元年(742)、第9次遣唐使船で唐を訪れていた留学僧・栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、渡日を決意。その後の12年間に5回の渡航を試みて失敗、次第に視力を失うこととなったが、天平勝宝5年(753)、6回目にして遂に日本の地を踏むことが叶った。
 以後、76歳までの10年間のうち5年を東大寺で、残りの5年を唐招提寺で過ごされ、天皇を始めとする多くの人々に授戒をされたという。

 
 今回の日曜美術館を見て初めて、「御影堂内を彩る東山魁夷渾身の障壁画空間が、鑑真和上が渡ってきた日本の海と、鑑真和上の故郷中国の風景に分かれて描かれている」ことを知った。そして、鑑真和上坐像(国宝)は、故郷中国の風景画に囲まれて安置されているのである。つまり、御影堂は、中国と日本が混然と一体をなしているのだ。このような優れた文化財が発するオーロラが数多に行き渡れば、必ずや平和な社会が実現するに違いない。

0 件のコメント:

コメントを投稿