2022年6月2日木曜日

物事に階層性を見出すということ

 自然界に階層性があるように、社会にも階層性があるのではないか、と「「人間優先の市場原理」に!」に、昨日書いた。このような文章を書いたからか、6月1日放送の連続テレビ小説「ちむどんどん(38)」の中に、これも階層性だろうか、と思えた会話があった。
 暢子は、新聞社の上司に次のように諭される。
 料理も新聞記事と同じ、一番食べてもらいたい人を思い浮かべて、その人のために料理を作るだろう。
 新聞も一番伝えたい誰かに向かって書く。
 今この記事を、この思いを誰に伝えたいか。
 それが一番大事。
 その頃沖縄では、歌子が歌手のオーディションを受けていた。しかし、上がってしまい、歌えなくなってしまう。
 幸福にも休憩をもらった歌子は、電話で暢子に相談する。そこで暢子は、先輩に諭された言葉で歌子を次のように励ます。
 歌も料理も同じ
 この料理を誰に食べてもらいたいのか。
 それが一番大事。
 歌も同じ。
 一番聞いてもらいたい人を思い浮かべて、その人のために歌うの。
 わかった?
 ここで、「料理をする」「記事を書く」「歌う」という三者には、「思いを伝える」という共通項があった。この場合、「思いを伝える」は、「料理をする」や「記事を書く」「歌う」の上位概念になる。ゆえに、ここには階層性があると考えていいのではないだろうか。このことから、物事に階層性が見えてくると、その物事を深く理解できるようになる、と言えそうである。

0 件のコメント:

コメントを投稿