立花隆氏は優れた哲学者でもあったと考えたのは私だけではなかった。梅原猛さんも、「ソクラテス的意味における哲学者」と『立花隆のすべて』(文芸春秋編、文芸春秋、1998年)に書いていた。もっと、立花隆氏による哲学解説を読んでみたいものである。
ターレスの「万物のもとは水」というコメントの内容が高く評価されて、彼が哲学の始祖呼ばわりされたというよりも、ターレスのこのコメントによって、一つの独特なものの考え方の範型が示され、それに刺激され、それにならって、あるいはそれに反発したりして、ものごとをより深く考え、議論をたたかわす一群の人々が生み出されたこと、その全体が評価されて、ターレスが哲学の始祖呼ばわりされるようになったということだろうと思う。
ここで大事なのは、哲学は、単独者の個人的な知的営為として成立するのではなく、複数者の交わす議論の中に成立するということである。
つまり、哲学というのは、本質的にディアレクティケなのである。ディアレクティケというと日本ではすぐに弁証法と訳してしまうが、これは本来の意味に戻って、対話と訳したほうがいい。何人かの人間が議論をたたかわせるような仕方で対話すると、自然に話の内容は発展していくものである。これが弁証法なのである。要するにAとBがお互いの主張をぶつけ合わせると、両者の主張のいい所を合わせて、両者とも納得できる第三の主張しにいたるということである。
ミレトスのターレスの場合、その教えが問答の形で残っているわけではないが、弟子たちがおり、スクール(学派)ができていた。弟子の代表格としては、たとえば、アナクシメネスがおり、「万物のもとは空気である」と主張した。彼は、空気が希薄化したり、濃厚化することで万物が生ずるのだとした。空気がフェルト状に緊密化するとまず雲ができあがり、さらに水ができる。そして空気がさらにいっそう緊密化すると大地ができ、さらに緊密化がすすむと石になるとした。「万物のもとが空気」などというと、ターレス以上にいいかげんなことを主張しているように聞こえるかもしれないが、実はこのように、「万物のもと」がどのようにすれば、実際に「現象界の万物」になっていくかを考え、それなりの説明を与えていたのである。
ここで、「万物のもと(元文は傍点)は空気である」と訳した「もと(元文は傍点)」とは、ギリシア語で「アルケー」といい、「始原」「根源」と訳してもいいし、「原理」と訳してもいい言葉である。要するに、哲学は「万物の『アルケー』探し」、「第一原理の探求」からはじまったということである。
それなりの説明を与えていたのはターレスの「万物のもとは水」にしても同じことで、ターレスのオリジナルの教えは、そのワン・センテンスで完結していたわけではない。
オリジナルはもう少し内容があって、水がどのようにして万物になるかの説明があったとされている。ターレスの万物の始原に関するオリジナルな著作は残っていないが、古代においては、全二巻ないし全三巻の『元のもの(始原)について』という書があったとされる。それを引用して書いたガレノス(二世紀の人。ペルガモン生まれ。古代から中世にかけて医学の最高権威とされた)の一文によると、原著では、水だけを自然の基本要素とせず、他にも幾つかの基本要素があって、それが混合することで万物ができたとされていたという。(『エーゲ 永遠回帰の海』、p292〜293)
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