『遅読のすすめ』(山村修著、新潮社)によると、本を読む前に「その本をわれわれの知識の庫や悦楽の資産に加えるのが、絶対に必要なのかを自分に問うてみる。そしてまた、その 知識や悦楽の獲得をあきらめるということは何を意味するか、想像してみる。そのうえさらに、いかにそれが魅力に富む本であっても、その本のうちのごくわずかな部分しか、われわれにとって新しいところはないことを、よく考えてみる」(p25~6)ことが重要だという。
そのために、「10分読書」といものを考えた。まず10分読書を通じて、それで済む本か、それとももっとじっくり読みたい本かを見定めるのだ。そうして借りた本をしっかり読んでいけばよい。そうすれば、図書館から借りてきた本を、読むに価する本かどうかをよく吟味することも出来るし、借りてから読まなくてはという焦りを感じることもない。
平行して取り組んでいきたいのが、精読リストをつくり、時間をかけて読み続けることである。思い出すだけでも、途中で忘れてしまった本が何冊かある。資本論もその中のー冊だが、こんな時勢だからこそ、古典をじっくりと読んでいくことも必要なのかもしれない。
なお、先に引用した箇所を多めに引用しておく。
ミラーは(中略)読者に一つのテストを提案している。それは、読みたい本、あるいは読むべきだと思う本にぶつかったら、四日か五日、そのままに しておくことだ。そのあいだ、できるだけ熱をもって、その書名と著者の名とを、頭のなかでこねくりまわせとミラーはいう。そして、もしわれわれだったら、 どんなことを書くだろうかと考える。また、その本をわれわれの知識の庫や悦楽の資産に加えるのが、絶対に必要なのかを自分に問うてみる。そしてまた、その 知識や悦楽の獲得をあきらめるということは何を意味するか、想像してみる。そのうえさらに、いかにそれが魅力に富む本であっても、その本のうちのごくわずかな部分しか、われわれにとって新しいところはないことを、よく考えてみる。ゆっくり読むどころではない。本を読むときは、そのまえにこれだけのことを考えて疲労困憊してみる必要さえあるのだとミラーはいっている。(『遅読のすすめ』(山村修著、新潮社、p25~6)
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