文は人なり、という言葉があるように、淡々とした味のない文もあれば、格調高い文もある。この度、その格調高い文章に出合った。1949年に書かれた「平和宣言」という 小論の中の一節で、日本が進むべき道を人類史の中に位置づけた次のような文である。
敗戦後の日本の進むべき道は、新憲法の根本精神たる平和と自由の道より外にはない。新憲法の内容については、法文としての不完全や、西洋直訳的なところがあり、欠点はいくらでも指摘できるであろうが、しかし断固たる平和の宣言と徹底した自由の力說とは、何人も何国人もけちをつけることのできぬものであり、ここに新憲法の奪ふべからざる精神の存することは明かであって、よし今後章の部分的訂正が行はれるとしても、この精神を少しでも沒却(もっきゃく)するようなことがあっては、日本の前途はおぼつかなく、この精神に反対するような政治や政党や運動は断じて排斥されなければならない。
平和と自由とを宣言する憲法が、よし敗戦を機線として成立したとしても、我々がこの憲法の精神を育成し発展させたいと願ふのは、それが実に人類の理想であり、歴史の進歩の標的であるからである。敗戦は屈辱であり禍害であつても、この理想を追求しこの進歩に隨順することは光栄であ り、幸福である。もし人があって、敗戦後に於ける日本国民の道徳的立びに政治的目標はと問うならば、私は躊躇することなく平和と自由との二語を掲げよう。(「平和宣言」『平和への念願』、安倍能成著、岩波書店、1951年、p12〜13、なお、原文には改行はない)
ロシア軍がウクライナへ軍事侵攻してから、もう5日になる。歴史に「もしも」はないが、日本が新憲法の根本精神を忠実に実行していたら、このような悲劇を防ぐこともできたかもしれない。どこでボタンをつけ間違えたのだろうか。そのボタンを探し、つけ直しをしないと日本はとんでもない道に迷い込んでしまうであろう。
ところで、ウクライナに対し、西側諸国が軍事支援を始めている。これでは火に油を注ぐことにもなりかねない。それが一番心配だ。戦争には、正義も大義もない絶対悪だという思想、軍備は結局戦争を呼び込むという思想を哲学的に解明し、その普遍性を広めていかなければならない。つくづくそう思う。とにかく、1日も早い終戦を祈りたい。祈るしかできないのがもどかしい。
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