2022年3月17日木曜日

どうか廃炉の道を選んでほしい

 昨夜の地震は怖かった。正気を装っても体は正直で、眠ろうとしてもわずかに動悸をして、なかなか眠れなかったのが怖さを物語っていた。本棚から本が落ちて床が見えなくなってしまった。朝食を済ませた後、片付けようとしたが、本の山の前にしてもしばらくは手をつけることができなかった。
 やっと片付け始めたら、本棚に立てかけておいた写真立てが、床に飛び散ったガラスの破片と一緒に、姿を現した。とても1日では片づきそうもないと、早々に諦めながら、やれるところまで片付けようとガラスの破片を片付け始めた。
 朝起きて、昨夜の地震を思い出しながら考えたことが一つある。このような「地震大国で原子力発電所を再稼働させるのは狂気の沙汰だ」ということである。地震の恐怖を体験した人ならば、決して再稼働に「ゴーサイン」は出せないはずで、こうした決断は理性によるものではない。本能的な直感によるものだ。
 しかし、地震を体験していないドイツでは、理性的な判断で原子力発電所の廃炉を決めてしまった。豊かな想像力を働かせて、倫理観に照らし合わせて、廃炉の道を選択でたいのだ。翻って日本は、身近に原子力発電所の事故を目撃していながら、部分的にせよ再稼働に「ゴーサイン」を出して、今でも現役で稼働している。「想像力が欠如」して「倫理観が貧弱」であるとしか言いようがない。世界の未来のため、どうか廃炉の道を選んでほしい。

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