2022年3月16日水曜日

元始、女性は太陽であった

 いろんな本を読んでいると、いろんな発見がある。それがまた、読書の楽しみの一つになっている。今日の発見の一つは、言葉そのものに男女差別の名残が残っている、というものだ。英語では、man=男で、woman=女で何の疑いも持たなかった。しかし、man=(男or人間)で、woman=女だった。辞書にもそう書かれており、All men are born equal(人は全て生まれながにして平等である)という例文もあった。このことについて、

 womanは「女」しか意味せず、「人間」を意味しないことはきわめて重要です。というのは、「女」は人間ではないことを意味しているからです。(憲法を考える』、星野安三郎著ポプラ社、1972年、p91)

 と解説があった。 日本語の場合は、そうした例がたくさんある。主人、や婦人がその典型である。「『婦 』という字は、女プラス箒、という会意文字であり、掃除婦のことを意味し」、要するに、「女は男の所有物、従属物、奴隷だということ」(上同、p100)だという。
 しかし、女性は、新しい生命をみごもり、生命を生みそだてる。このように「男にはできないことを女はもつもので、たいせつにされ、尊重されねばならないと思うのに、母系性社会をのぞいて、人類の歴史は、女性を差別し、従属させてきた歴史であり、それは現在もつづいている」(上同 、p102)といい、男の節句が国民の祝日であるにも関わらず、女の節句は国民の祝日になっていないことを例に示していた。目から鱗とはこのことかもしれない。 改めて「元始、女性は太陽であった」。女性解放運動の先駆者として知られる作家、平塚らいてうさんの言葉を噛みしめたいものである

 もう一つの発見は、『市川房枝集1〜6巻・別巻』が出版されていることを知ったことである。『憲法を考える』は、「ポプラ・ブックス」の一冊で、巻末に五十三冊の「ポプラ・ブックス」の紹介もあった。その中に『私の言いたいこと』という市川房枝さん(日本の婦人参政権運動を主導した婦人運動家、政治家)の本も入っていて、彼女の著書を調べて『市川房枝集』を発見したのだ。どんなことが書かれているのか、今から楽しみである。

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