2022年3月14日月曜日

世界の平和を願った日本国憲法

 日本人は自然に対する感性が豊かだと言われている。日本列島の地形そのものが、降雨量も多くて自然が豊かであったことと、豊かな自然を表現できる「漢字とひらがな混じりの日本語」が誕生したことが関係しているのではないかと思っている。そう思うようになったのは、 『やさしい「唯脳論」』(養老孟司・楳図かずお著、メディアファクトリー、1996年)で、解剖学者の養老孟司さんが言っていたことだが、日本語だけで反応する脳の分野があるということを知ったからだ。同じ漢字でも、音訓で読み方が違うのが影響しているらしい。日本語は、多くの脳を活用できるので、それだけ豊かな表現が可能なのかもしれないし、和歌や俳句を創作できたのも、日本語あってのことなのかもしれない。だから、次のような日本に対する評価も生まれる。

 日本人のように桜を見て喜ぶ、紅葉を見て喜ぶ、雪を見て喜ぶというように自然を愛でる国民はあまりません。そんな感受性を持つ民族は世界でも案外少ない。日本人は自然とよく対話をします。俳句の季語がたくさんあって、自然を語る美しい日本語もたくさんあります。その意味ではすごい国です。それで自然環境のことも考えている。(『歩きながら考えよう 建築も、人生も』、安藤忠雄著、PHP研究所 2010年、p92)

 続いて安藤さんは、「その昔、日本民族のレベルの高さを称賛したフランス人」の詩人・ポール・クローデルさんを紹介し、「日本人は、もっと自分の民族に対する誇りを持ってもいいと思いますね」と書いている。そうかもしれないと思うと同時に、今まさに地球上で戦争が戦われているからこそ世界の平和を願った日本国憲法の先見性、先進性についての理解を深め、「憲法の観点からの日本人の誇り」というものにも光を当てていきたい。そう痛感した。

 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(「日本国憲法前文」より)

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