その一つは、芳野会長の発言は、日本共産党という「特定の属性を持った人々や集団について人間の尊厳を否定する考え方」ではないか、ということだ。正当な批判なら、具体的にど批判すべきであって、党そのものを否定するような発言は、所属党員(人間)の尊厳を否定する考えと言われても仕方がない。
二つ目は、芳野会長の発言は、「異なった者どうしの共存という政治の前提条件」を否定する発言ではないか、ということだ。つまり、発言や政策についての批判ではなく、党そのものの存在を否定するような発言は、 「政治の前提条件」を否定する、反民主的な発言であるということである。
また、そうした批判もなく「芳野会長の発言をそのまま報道する」マスコミ報道も、大本営発表をそのまま報道するようなもので違和感を覚える。
昨年の衆院選前に新会長に就任した芳野氏は、立憲が進めた野党共闘の批判を繰り返した。自民党に「連合会長が共産党ダメよと、そんな話をしていたこともあって勝たせていただいた」(遠藤利明選挙対策委員長)と言われたほどだ。(『朝日新聞デジタル』、2022年2月12日)最近の民主主義の混迷状況の中で注意すべき兆候は、政治の前提そのものを否定する論者が政治の世界に乱入していることである。人間の多様性を否定し、特定の生き方や考え方を押し付ける議論や、特定の属性を持った人々や集団について人間の尊厳を否定する考え方をまき散らす議論、さらには特定の宗教の信者やハンディキャップを抱える人に対する暴力がいわゆる先進国の中でも広がっている。資源配分をめぐる議論については様々な主張があるのが当たり前である。しかし、異なった者どうしの共存という政治の前提条件を否定する者の主張まで、「言論の自由」という理念で許容すれば、自由そのものが脅かされる。(『民主主義は終わるのか 瀬戸際に立つ日本』、山口二郎著、岩波書店、2019年、p 211)
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