2022年3月8日火曜日

認識のフレームワークが変ること

 いろんな本を読んでいると、よく「お!こんな考えがあった」という発見がある。それが、読書の一つの楽しみでもある。今回の発見は立花隆さんの文章で、この文章に出会い、歴史の見方が変わった気がする。そして、こうした視点に立って「世界の歴史を見直してみたい」とまで考えてしまった。

 みんな歴史というと、すぐに政治史や経済史を考えてしまいますが、ぼくは何より大事な歴史は、知の歴史だと思っています。人間の知というのは、歴史的に驚くほどダイナミックな変貌をとげてきました。そしてその変貌が、何よりも大きくその時代を規定してきました。知が変貌するというととは、人間の認識のフレームワークが変るということです。認識のフレームワークが変れば、あらゆるものがそれまでとはちがって見えてくる。そして、そこが変れば、その影響は社会のあらゆる様相に及びます。政治も、経済も、社会も、文化も、みんな変らざるをえない。 (東大講義人間の現在 』、立花隆著新潮社2000年、p 51)

 改めて考えたことは、「知の歴史」と言っても、「哲学史」や「美術史」「科学史」と広い範疇があって、その上、それらが連動しているかどうかさえわからない。とは言え、美術史や科学史は大まかな歴史の流れを押さえることが可能かもしれない。
 それだけでない。「知の歴史」の重要性を理解していれば、わざわざ「知の歴史」の勉強をしている時でなくても、「お!これが認識のフレームワークが変るということか」と言った発見につながる。それだけ読書の幅が広がるというものである。「知の歴史」に関する読書が楽しみになってきた。

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