高橋さんは、SNSの真価を知り尽くし、活用して、国連で仕事をしているようで心強い限りだ。最後にこれからの指針を「圧倒的な暴力を前に、自分に何ができるのか悩むこともある。それでも、ずっと向き合って考えていきたい」と話しているが、その心構えが素晴らしい。
暴力をめぐる問題を解決することは途方もなく難しい。資源をめぐる争い、女性への暴力、テロリズム……、さまざまなかたちの暴力があり、異なる恐怖のかたちがあることを現場で感じてきた。「圧倒的な暴力を前に、自分に何ができるのか悩むこともある。それでも、ずっと向き合って考えていきたい。必ずどこかに解決手段はある。それを探し続けていきます」(p 19)
と、こうして書いていても、ウクライナでの戦況が気になる。ある日突然殺されてしまった人たち、わずかな手荷物を抱え、難民として国境を越えざるを得なかった百数十万という人たちの無念さを思うと、日本国憲法前文の一節「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」を思い出す。こういう時だからこそ、この一節が光り輝くのがわかる。そして、70年も前に、こうしたやさしい一節を盛り込んだ日本国憲法の先見性に感心すると同時に、このような素晴らしい憲法の改悪を許さず、後世にバトンタッチしていきたいと痛感する。
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