詩人茨木のり子は、五十歳から韓国語を学び始める。その経緯を次のように語っている。そして、「日本がかつて蹴ちらかそうとした隣国語/ゆるしてください/汗水たらたら今度はこちらが習得する番です」(「隣国語の森」より)という言葉を残している。「隣国語の森」の全体を読んでみたいと思っているが、まだ見つかっていない。「日本がかつて蹴ちらかそうとした隣国語」も、私には宝石のような宝物に見える。
若き日から日韓にまたがる古代史に興味を持ち、「朝鮮民謡選」は愛読書の一つだった。 日本が朝鮮半島を植民地化した30数年、民族の根幹をなす言葉も奪った。いつかこちらが学ばなければいけない・・・いずれも動機となっている。ただ面倒になるとこう答えたとある。
「隣の国の言葉ですもの」(『別冊太陽・茨木のり子』、p128)
「隣の国の言葉ですもの」から、「隣の国ですもの」という言葉になり、さらに思考が発展し、次のように実が結んだ。
私は、<日本は「韓国と北朝鮮の統一に向けて」一肌も二肌も脱ぐべきだ>と考えます。「隣の国ですもの」
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