まだまだ天皇の力は大きい。しかし、天皇自身が憲法遵守の姿勢は変わっていない。だからこそ、戦後の変革は日本における大きな変革(革命)であったという認識の意義は大きい。改めて主権在民、国民主体の憲法であることの意義の大きさを噛み締めたいものである。
もう一つ、小野さんは重要な問題を提起している。「もしこれ(自衛隊)が戦力としたならば、はたして今のボタン戦争下においてどれだけの効果があるのか、またそういうものをもつことがほんとうの平和をもたらす要因なのか」という指摘である。全国に原子力発電所を抱えているのだから、一度戦火の火がついてしまったら、日本は地獄とかしてしまうであろう。戦力は、その戦火の呼び水になってしまうことを肝に銘じるべきなのだ。
最近、数万年前の日本に人がいたということが明らかになりました。数万年前にネアンデルタール人から、ホモサピエンスヘの交代の時期がある。これはきわめて重大な第一回の変革である。二回目の変革は弥生人が日本に新しい国づくりをはじめた時期です。ところが三番目の大変革は、欧米の人が日本にやってきまして、長い二千年からの日本の伝統を完全に崩壊させてしまい、新たに生まれたのが主権在民、つまり天皇中心の憲法が国民主体の憲法に切りかえられた、きわめて大きな変革であります。つまり数十万年という長い歴史のなかで三回あった政治体制、文化の大きな変革の一つであるという認識をすることが知的な見方である。こういう前提に立って現実論を申しますと、李ラインの問題もありましょうし、アメリカが撤退したらどうなるという不安もありましょう。しかし、その場合でも、もし戦力をもったならばどうなるのかということが問題なのです。日本の自衛隊の実体はよく知りませんけれども、もしこれが戦力としたならば、はたして今のボタン戦争下においてどれだけの効果があるのか、またそういうものをもつことがほんとうの平和をもたらす要因なのかをもっともっと冷静に考えてみなければならない。<小野忠煕著、「<公聴会>第九条と日本の安全保障」『世界』、1965年6月号、p84〜85)
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