昨日、『藤原保信著作集 9』に収録されている論文を見て、藤原保信さんへの興味が深まったことを書いたが、『藤原保信著作集 8』にも、興味ある論文があった。この間の内容紹介に「80年代初頭いちはやく『環境政治学』を先見した双璧的作品を収録。われわれが直面する『人類史的危機』の克服に向けて、近代の機械論的自然観・原子論的人間観を根底から問い直す」とあった。『環境政治学』にも興味を持てたが、特に、「原子論的人間観」が気になった。アメリカの詩人ホイットマンの詩に、「原子論的人間観」と想像できる詩があったからである。
わたし自身のうた・1
わたしは わたし自身を讃え わたし自身をうたう
わたしの身につけるものを あなたにも身につけさせよう
だって わたしに属する原子は みな やはり あなたに属するから
わたしは ぶらつき わたしの魂を招く
わたしは 寄り掛かり ぶらぶら歩き 気ままに 夏草の先を見つめる
わたしの舌や わたしの血に流れる原子すべては この土地 この空気から形作られ
ここに生まれた両親 同じくここに生まれたその両親 そのまた両親から生まれ さらに両親がいる
わたしは 今や37歳 完璧な健康のなかで 始めよう
けっして 死ぬまでは止めまいと望みつつ
教義や学派は 棚上げにし
それらのあるがままで満足して しばし退き しかし けっして 忘れることなく
わたしが 良かれあしかれ 保護し どんな危険を冒してもしゃべることを許すから
自然は 止めどなく 原始のエネルギーで語り始める(『アメリカ名詩選』、渡辺信二訳、本の友社、1977年、p152〜153)
この詩を読むと、みんな原子でできているんだから、歪みあったりしないで仲良くしよう、と聞こえる。藤原さんのいう「原子論的人間観」とはどんなものなのか、興味がある。
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