昨日、「理性を眠らせてはならない」と書いた。”理想と現実”と言われるように、理想は現実とセットで語られる。同じように、真実が現実とセットで語られることもある。次の湯川さんの言葉がそうである。
現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。現実は予想できぬ豹変をする。あらゆる平衡は早晩打破せられる。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
それにもかかわらず、現実はその根底において、常に簡単な法則に従って動いているのである。達人のみがそれを洞察する。
それにもかかわらず、現実はその根底において、常に調和している。詩人のみがこれを発見する。
達人は少ない。詩人も少ない。我々凡人はどうしても現実にとらわれ過ぎる傾向がある。そして現実のように豹変表現し、現実のように複雑になり、現実のように不安になる。そして現実の背後に、より広大な真実の世界が横たわっていることに気づかないのである。
現実のほかにどこに真実があるかと問うことなかれ、真実はやがて現実となるのである。(昭和一六年一月)(湯川秀樹著『目に見えないもの』、p117)
湯川さんは「真実はやがて現実となる」と書いているけれど、正確には、「仮説はやがて真実となり現実となる」ではないか、と思った。そして、憲法に示されている理想も、一つの仮説と考えていい。だから、「憲法の理想で示された仮説も、やがて真実となり現実となる」に違いない。そうすることが人類が生き残れる道だからだ。
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