日本の戦前の特徴は何か?どのような社会だったのか?見事に、しかも端的に表現してある文章を見つけた。12月15日のブログで紹介した臼井吉見の言葉だ。そこでの大意は、「日本は、太平洋戦争を通して”かけがえのない戦果”を手に入れることができた。それは、軍国主義から脱し、近代国家として、生きかえることができたこと」だったが、今度の文章は、軍国主義の実態を生々しく、その本質が表現されている。
われわれの民族の感覚が、どんなにすぐれていようと、日本及び日本人を全体的に規定し、動かすものが、まちがっていては話にならない。長い間、日本はそれだった。神権的な絶対主義こそ日本のまちがいの根本であった。これとかたく結合した軍国主義がまちがいであった。思っても目のくらむような犠牲を支払って、日本は戦争に負け、このまちがいからぬけ出すことができた。十八年前の敗戦の日、僕は応召の予備役陸軍少尉だったが、胸をつきあげる喜びをかくすことができなかった。国の敗北がうれしかろうはずはない。が、僕の半生どころか、日本全体の上に、長い間襲いかかり、息もできなかった軍国主義と、その野蛮きわまる道徳から、解放されたという思いほど、大きい喜びは味わったことがない。統帥権と呼ばれた魔力とともに、日本の軍国主義(単に軍をいうのではない)がくずれ落ちる響きを耳にしながら、僕は涙のおさえようがなかった。『臼井吉見評論集・戦後・第2巻』、筑摩書房、1966年、p268、強調は引用者による)
日本は戦後、「軍国主義から脱し、近代国家として、生きかえることができた」からこそ、多くの人たちに感動を与えることができた。次に紹介するような戦後の新聞の論調が、そのことを証明している。しかし、その後、徐々に軍備を増やし、当時の雰囲気からだいぶ乖離してしまった今だからこそ、当時の開放的な率直な気持ちを思い起こすことが必要なのかもしれない。
「武力主義に基く世界観を克服し平和と国際協調に基く新世界観に立たなければならない。これのみが真の建設的道程であり、日本が世界的に生きる途なのである」
「世界人類の熾烈な平和への欲求は、も早や何国によつても否定し得ないものがある。武力主義はこの人類の世界的欲求と相容れない。……日本の再生とは、旧き自我の復活ではなく、新しい自我の創造であり、世界と共に生き得る日本の建設である」
戦後、朝日新聞の論調の基本は、新憲法の制定より先に、ここに示されたとみることができるだろう。
今日、一部の論者の間に次のような見解がある。戦後日本は占領政策や東京裁判によって洗脳され、戦争への反省を強いられ、本来の日本を見失った、本来の日本を取り戻そう —— と。
しかし、それはほとんど「自虐的」な見方であって、日本人はそれほど主体性を欠いてはいなかった。占領統治が始まる前に、右のような社説が書かれていたことが、そのことを明白に示している。(『新聞と憲法9条・「自衛」という難題』上丸洋一著、朝日新聞出版、2016年、p32)
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