昨日は、天才F1ドライバーのセナが最終的に到達した地球観という言葉を紹介したが、エピクローブで、地球観に基づく二十一世紀における人類の方向性も示されていた。ここで言われている「意識と現実」は、「理想と現実」と置き換えてみると、これから歩むべき道が示されてて興味深かった。
20世紀も残りわずかとなった現在、人々の意識は、徐々にだが変化しつつあるように見える。その変化の方向性を端的に表せば、地球意識や生命意識の拡大と言えようが、 そのことと、現実の社会や一人ひとりの人生の実態とのあいだには、まだまだ大きな落差がある。そして、意識と現実との落差を埋めていくためには、あるいは、現実の矛盾に対峙しながらも、 自分と周りを少しでも良い方向に変えていくためには、それぞれが夢に向けて真摯な努力を続ける以外に方法は無い。(『セナ』、桜井淑敏・谷口江里也著、早川書房、1996年12月、p419~420、強調は引用者による)
日本国憲法の理想は、非武装による平和主義である。保阪正康さんは、「日本国憲法は平和憲法って言われているが、非軍事憲法というべきだ」と、『サンデー毎日』(2020年12月15日号)に書いていた。そうした憲法の理想に対し、「現実は難しい」と、次のような意見をいただいたことがある。
全方位外交って、理想的には素晴らしいけど、とんでもなく難しいと思います。何かあったときに仲介できる国になるといいな。どうしたらいいのかな。
戦争をしないための軍事力という考えもあるのでは。中国もロシアも韓国・北朝鮮もアメリカも戦争放棄をしているのなら、いいのですが。ロシアがウクライナやチェチェンでやっていること、中国が香港やチベット、ウイグルでやっていることを考えれば、現実的には非武装中立は残念ながら厳しいと思います。戦争反対と言っていれば戦争が起きないならいいのですが。(Kさん)非武装中立はベルギーも国策としたことがありました。完全に失敗でした。ナチスに侵攻されて、非武装中立の理念は消滅しました。理念のみでは、不可能です。ベルギーはどこかの属国ではなかったけれど、主権国家としてある主張をしても、国際関係上の状況によって考えるとおりのことは出来ない場合も多いのです。平和の問題を、こうすべきだと主張しても、それが可能かどうかは別の話だと思います。(Mさん)
二人の意見は、全方位外交とか、非武装中立といった理想と現実の矛盾を前にして、初めから無理、と諦めてしまっているとしか思えない。やはり大切なことは、現実の矛盾に対峙しながらも、 自分と周りを少しでも良い方向に変えていこうと、それぞれが夢(理想)に向けて真摯な努力を続けることだと、改めて思った。
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