2020年12月15日火曜日

道を拓(ひら)いてきた女性たち

 初め、女性に選挙権がなかったことは当然のように知っていた。しかし、次の「折々のことば」を読むまで、「当初、女性には医師への門戸が開かれていなかった」ことは知らなかった。

 明治政府の下では当初、女性には医師への門戸が開かれていなかった。それでも産婦たちの死を憂え、医療に尽くそうとした女性たちは、海外留学を敢行したり、開業試験受験許可の請願運動をしたり、まずは産婆教場で修養したりと、それぞれの場所で苦闘を重ねつつ、女性医師への道を拓(ひら)いていった。その無言の連携を追った『明治を生きた男装の女医 高橋瑞(みず)物語』から。(折々のことば:鷲田清一、朝日新聞2020年11月29日)

 どんな苦難があったのかに興味があって、『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』を読んでみた。そして、心なき男性医師の批判(非難)や彼らの同調者による批判(非難)に驚いた。以下は、「女医亡国論と本多鈴子」からだが、大隈重信のような人の理解もあって、徐々に女医が増えていったことがよくわかった。それにしても、「女医亡国論」とは、なんということだろう。
 女医が増えるにつれ、「女医亡国論」つまり女医批判が医事雑誌を賑わせるようになっていた。端緒は、瑞の留学直前に『東京医事新誌』に掲載された「S・F」という人物による「本邦の女医」という記事である。「S・F」は、「女子に医学を研究せしむるや否やは重大の社会問題」であるとし、女医の「問題点」を三点挙げた。
 まず、妊娠出産によって診療ができなくなる期間、患者をどうするのか。次に、そもそも女は「解剖および生理上」医学を修める資質があるのか。そして「下宿屋の二階に男子生徒と寝食を共にする」ことで生じる「艶聞」つまりは性的放縦についてである。実際に下宿屋で男子学生と交流を待ったのは、高橋瑞くらいであり、その内容は花札や囲碁などの遊びだった。「艶聞」とは程遠い。
 この記事に激しく反駁したのが、公許女医第四号の本多詮子である。
 詮子は『東京医事新誌』の次の号で、妊娠出産期は弟子に指示して診療を行ったので特に問題はなかったと自身の経験に触れ、男の医者が病気をするのと同じだと述べた。瑞より一年遅れて開業試験に合格した詮子は、その翌年に結婚し、すでに妊娠出産を経験していた。
 二点目については、男と女の異なる点は身体の大きさと骨盤の形、「一部の系統とその生理上の官能」のみで、「解剖生理上、大いなる違いはあらず」と反論し、女子医学生の性的放縦については真っ向から否定はしないものの、ほとんどの学生は「操正しく蛍雪の苦学をなし居る」と述べた。p192~193

 彌生は女医学校を設立後、なかなか医術開業試験の合格者を出すことができず、苦しんでいた。合格者が出なければ学生が集まらず、学校の存続が危うくなる。だからこそ明治四一(一九〇八)年に竹内茂代が合格すると、女医学校の存在を社会に知らしめるべく盛大な卒業式を催した。卒業生一人に対し、来賓として早稲田大学総長大隈重信や、文部省の高官、東大医学部の教授など鈴々たる顔ぶれを招くという熟の入れようであった。しかし、招かれざる客も多数押しかけていた。
 式は粛々と進み、来賓たちが女医の登場や女性の社会進出を歓迎する旨の祝辞を述べ終わると、突然五、六人の男たちが壇上に駆け上がり、口々に大きな声で叫び出したのである。
 「女に高等教育は不要だ! 行かず後家が増えて、国が滅ぶぞ!」
 「おなごは医者に向かん! 月の穢れで手術室が冒されてしまうぞ!」
 「女は子を孕んだら医者をやめるが! そんなやつに命を預けられるか!」
 男たちは、かねてから『東京医事新誌』や『医海時報』などの誌上で女医批判を繰り返してきた医者や、彼らを支持する雑誌記者や新聞記者たちだった。
 彼らに抗議する来賓もいれば、同調して騒ぎ立てる招待客もおり、会場は騒然となった。彌生が身の危険を感じ、茂代を庇うようにして会場を出ようとしたそのとき、コン、コンという甲高い音が響き渡った。一同がその方向を見ると、来賓席に座った大隈重信が、杖で床を鳴らしている。会場は一瞬にして静まり返った。重信は外務大臣時代に爆弾テロに遭い、以来義足と杖を使用していたが、七〇歳を過ぎても矍鑠(かくしゃく)としていた。
 重信は椅子から立ち上がると、ゆっくりと進んで壇上に上がり、皆が見守る中、「諸君!」と声を発した。
 「女子が教育を受けることや、女子が医者に向くか否かについて論争しているようだが、かりに明日の朝まで続けたところで答えは出まい。一〇年ないし一五年後に現れ来たる女医たちの成果如何によって判断しようではないか」
 重信の一声で会場は落ち着きを取り戻し、式を続行することができた。吉岡彌生、竹内茂代、そして会場にいた女医学校の生徒たちは重信の言葉を胸に刻み、女医の評価を高めるべく懸命に努めようと誓い合った。p196~198

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