『新聞と憲法9条 「自衛」という難題』(上丸洋一著、朝日新聞出版、2016年)という本がある。そこで、ロンドンでの空爆反対集会の参加者の声として、「政府は自衛権の行使だというが、同じ理屈で参戦したイラク戦争がISを作り出した。シリアを空爆すれば、次はどんな恐ろしい結果を生むかわからない」という2015年12月4日の朝日新聞記事を紹介している。「自衛」という錦の旗印があれば、戦争、武力の行使も許される、という思想に対する痛烈な批判である。
『戦争の惨禍』は、戦争(武力の行使など)に「良い戦争などというものはなく、敵も味方もない。戦争においては誰もが悪人」となり、「人が人を殺し、人間性を根底から破壊するものでしかない異常な現実」であることを教えてくれる、という。「自衛」であろうがなかろうが、戦争に変わりがない、この自明な真理に気づかなくてはならない。
フランス軍がマドリッドで、武器も持たない民衆を銃殺する場面を描いた油絵「マドリッド、一八〇八年、五月三日」では、銃に向かって目を見開き、さあ撃てと言わんばかりに両手を広げて立つ男を、明らかにスペインの民衆の側に立って描いた。
「マドリッド、一八〇八年、五月三日」
しかし、版画集「戦争の悲惨」は違う。この作品ではゴヤは、良い戦争などというものはないことを、敵も味方もなく、戦争においては誰もが悪人だということを、それは人が人を殺し、人間性を根底から破壊するものでしかない異常な現実であることを真っ正面から描いた。それは、人間にまつわるすべてを描き表そうとしたゴヤが、描き直さずにはいられなかった、そしていつか、そんなことがこの世からなくなることを祈って描いた、黙示録にほかならない。(『戦争の悲惨・天才ゴヤの第二版画集』、谷口江里也著、未知谷発行、2016年、p4)

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