2020年12月5日土曜日

近隣諸国との友好関係を築く条件

 先の敗戦を、”貴重な戦果”と表現していた評論家・臼井吉見の文章を読み、臼井吉見さんの存在を初めて知った。ここに、近隣諸国との友好関係を築く条件(=日本が軍国主義を捨て、他国をおびやかす存在ではないこと、近代国家として生れ変ること)が書かれていた。残念ながら、ますますこの条件から離れてきているのが現実である。近隣諸国との友好関係を築く条件というものを、もう一度考え直したいものである。そして、このような達見を持った臼井吉見氏の著書をもっと読んでみたいと思った。
貴重な敗戦の戦果
 たしかに日本は、長い間、貧乏をかくし、大国として、力みに力んで、国民にあらゆる無理と犠牲をしい、隣国に理不尽な迷惑をかけ通して来た。無理がつもって、無謀な戦争となったが、敗戦によって、さいわい軍国主義を清算し、近代国家となることができた。
 「戦果」という言葉がある。通常は戦勝によってえられるものだ。だが、今度の敗戦によって、日本は、かけがえのない戦果を手に入れることができた。軍国主義から脱し、近代国家として、生きかえることができたことがそれだ。
 その意味で、日清、日露の二つの戦争のそれにくらべても、今度の敗戦の戦果のほうが、はるかに貴重だったということ、これを国民的にも、国家的にも、はっきりさせておかなくてはならないと思うのだ。このことが、はっきりしていないために、戦死者の親や妻や予に肩身のせまい思いをさせているけはいがなくもない。とんでもないことだ。
 僕は、昨春、はじめて海外の旅に出、東南アジアや中近東のあれこれの国をまわって、さまざまの感想をもったが、その一つは、日本が台湾と朝鮮という軍国主義の二つの前進基地を手放すことができて、どんなによかったかということだ。いま、なお、この二つの植民地をもちつづけていたら ―― 考えるだけでも、身の毛のよだつ思いがする。現在及び将来を思えば、独立運動に抗して、植民地を持ちつづけることなど、できようはずがない。インドシナやアルジェリアにおけるフランスの悲劇ほど、教訓的なものはない。いのちと金を、どれだけつぎこもうと駄目である。
 フランスにくらべて、イギリスのえらさは対照的といっていい。東南アジアや中近東各地をさまよった僕にとって、この大舞台から悠々去っていった大英帝国のうしろ姿ほど印象的なものはなかった。メギリスは、今度の戦争に勝ちながら、地球上の陸地の、実に四分の一に当る植民地を捨去ったのだ。その時勢を見直した冷静な判断に感銘しないわけにはいかない。そして、わが日本が台湾、朝鮮の二大前進基地もろとも、軍国主義を清算できた仕合せを痛感したことだった。戦後の回復と繁栄が、もっぱらこの基礎の上に築かれたことは、いうまでもない。
 これらについては、僕は旅行記「むくどり通信」に書いたから、これ以上くりかえすつもりはない。ただ東西対立の渦中にまきこまれている東南アジア、中近東の諸国が、ニュアンスのちがいはあっても、極東にあって、これという資源もないのに、奇跡的に近代化に成功した先輩国として、日本を頼りとし、当面の手本としていることは、まぎれもない事実だ。そして、日本が軍国主義を捨て、他国をおびやかす存在ではなくなったこと、近代国家として生れ変ったことが、その信頼の前提条件なのである。(臼井吉見著「学ぶべきイギリスの偉さ」『週刊朝日』1963年1月11日号、p26〜27、強調は引用者による)

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