2020年10月9日金曜日

シャガールの苦悩

 すごい詩を読んだ。ゆっくりと読んでいるうちに、ところどころでため息が出た。 画家シャガールがアウシュビッツの悲劇を書いたものである。『戦争と美術』(司修著、岩波新書、1992年)で紹介されていたのだが、そこでは改行がなく読みずらかったので、私の判断で改行を入れて読みやすくして紹介する。
 シャガールは読み書きができない貧しいユダヤ人の家の出で、9人きょうだいの長兄として1887年にビテプスク近郊で生まれただ。そんな彼は、「ナチスのユダヤ人狩りに遇わずにすんだことで、シャガールは苦しんでいます。戦争と美術家の間で、これほどに反省と苦悩が表されることは、現代に至って初めて行われたものと思います」(p10〜11)と書かれていた。
 また、著者は、ヒロシマで生き残った人たちの苦悩にも思いを馳せ「広島で原爆にあって大火傷を負い、牧射能を受け、それでも生き延びられたかたの多くが、生き延びたことに苦しんでいるのを聞きました。あまりにも多くの死者を目にして助けることが出来なかったことへの反省をも含めた苦悩なのだろうと思います。あるいは僕など想像もできない地獄からの声が耳から離れないためかもしれません」(p11)と書いている。

(『戦争と美術』、p5」より)

シャガールの献辞 

わたしは彼ら全員を知っていたか?
わたしは彼らのアトリエにいたか?
わたしは彼らの芸術作品を近々と、あるいは離れて、見たか?

そして今、わたしはわたし自身を離れ、
わたし自身の実体を離れて、
彼らの知られざる墓へおもむく。

彼らはわたしを呼ぶ。彼らはわたしを、
自分たちの墓穴へ引きずり込む……
わたしは、無辜の罪を犯した者だ。

彼らはわたしに問う。「おまえはどこにいたのだ?」
……わたしは逃げていました……
彼らはあの死の浴室へ連れて行かれ
自分たちの汗を味わった。

彼らが不意に、まだ描かれていない自分たちの絵画の光を見たのは、
そのときだった。
彼らは達成されなかった歳月を数えた。

夢を、夢を満たすためにたくわえ、待ち望んでいた歳月を
……眠らなかった、眠たくなかった……
彼らは、自分たちの頭の奥にある、子供時代の跡を突き止めた。

そこでは、衛星を持つ月が、彼らに輝かしい未来を告げていた。
暗い部屋の中や、山々や谷間の草地の中での若い愛が、
かたちのいいあの果物が、
温かい乳が、咲き乱れる花々が
彼らにパラダイスを約束していた。

彼らの母親の両手と両眼は、
彼らとともにあの遠距離列車に乗っていた。
わたしには見える

今、彼らはぼろをまといて、裸足で、
沈黙の道を、足を引きずりながらのろのろと歩いているのだ。
イスラエルの兄弟たちの、ピサロの、そして
モデ″リアニの……わたしたちの兄弟たちは……ロープに導かれ、
デューラーの、クラナッハの、
そしてホルバインの息子たちに導かれた……
あの焼却炉の中の死へと導かれていった。 

どうすれば、わたしは涙を流すことができるだろう。
涙を流すには、どうすればいいのだ?
彼らが塩漬けにされてから、
長い年月が経った……わたしの目からこぼれた塩に……

彼らはあざけりとともに乾燥され、だからわたしは
最後の希望を捨てるべきなのだろう。
嘆き悲しむにはどうすればいいのだ?
わたしの屋根から、最後の屋根板がはがされている音が、
毎日、聞こえてくるのに。

かつてわたしが置き去りにされ、
いずれはそこによこたわって眠るための
ほんのささやかな土地を守るために、
戦うには疲労しすぎているときに。

わたしには、あの炎が見える。
立ちのぼって行くあの煙とあのガスが、
あの青い雲を黒雲に変えるのが見える。

わたしには、むしり取られたあの髪の毛と歯が見える。
あの髪の毛と歯は、わたしに向かって不穏な棺衣を投げかける。

わたしは、スリッパや、衣類や、灰やがらくたの山のまえの
この沙漠に立って、カーディシュの一節をつぶやいている。

そして、そんなふうに立っていると……
わたしの絵から、わたしに向かって下りて来るものがある。
片手に七弦の竪琴を持っているあの描かれたダビデだ。

わたしが嘆き悲しみ、
詩篇を唱えるために、彼は手を貸したいと思っている。

ダビデに続いて、わたしたちのモーゼが下りてきてこう言う。

誰も恐れるな、
新しい世界のために、わたしが新しい銘仮を彫り上げるまで、
おまえは静かによこたわっているべきだ、と。

最後の火花が消え、
最後の死体が消滅する。
新たなる大洪水を前に、それはじっと勤かなくなる。

わたしは起き上がり、きみに別れを告げる。
わたしはこの道をたどって新たなる神殿へおもむき、
きみの絵のために、
一本の蝋燭に火をともす。(英文からの邦訳、麻生九美)

0 件のコメント:

コメントを投稿