そこで、『非戦』(坂本龍一監修、幻冬社、2002年)からの言葉と詩を紹介する。
ゲルニカを忘れないで
テロリズムの無差別殺人を憎むものが、空爆という先制攻撃をアフガニスタン国民に行うならば、無差別殺人という同じ罪を犯すことになる。世界はゲルニカの時代に逆流するのだろうか。ピカソの作品が訴えていたものが「非戦闘員の殺傷が不正であること」であったことを世界中が忘れようとしている。(加藤尚武、p59)
武力で戦う「勇気」があるなら、言葉で闘う大きな「勇気」をもってみろ
暴力を話し合いに優先させる姿勢において、米国政府と原理主義グループはよく似ている。ダーバンは、実は、英国で弁護士資格を取ったガンジーが人種差別反対運動を始めた所縁の上地でもある。彼の名を歴史に留めた「非暴力主義」をガンジーは最も「勇気」の必要な闘い方だと位置付けている。もし武力で戦い死ぬ勇気があるのならば、どんな困難な状況でも言葉という非暴力で闘う、もっと大きな「勇気」を示してほしい。(上村英明、p68)
全地球的教訓
文明とは、絶えず新たにしていくべきひとつの努力にほかならない。三〇〇〇年前であれ今日であれ、人間の社会集団どうしが平和を学ぶには、かならず正義の尊重という条件をクリアしなければならない。人の掟(法)は、猿や蜜蜂や小鳥たちのそれとは違う。それは自由と良心が不可欠な役割を果たし、価値観と信条が本質的意味をもつ掟である。
危険にさらされた国の人びとに救いの手を差しのべないことは罪深い。しかしそれと同様、地上最大のパワーが内なる死の種を蒔き散らすことも罪深い。そのような倒錯した想像力が全世界を狂わせて、いまや現代版フランケンシュタインよろしく逆にアメリカを脅かす。想像と現実の境界線が破れた。ハリウッド得意の大破局映画がみごとに実演されてしまった。仮想の危険が現実のものとなり、かつてない規模でアメリカ経済を麻蝉させようとしている。(ファディ・ヌーン、ベイルート生まれ、p357 )
闇と光(Only Love and Light can)
破壊しようとする当のものを生み出してしまう
悪循環でしかないことだ。
暴力によってウソつきを殺すことはできても
ウソを殺すことはできないし
真実を確立することもできない。
暴力によって憎しみを抱えた者を殺すことはできても
憎しみを殺すことはできない。
反対に、暴力は憎しみを増大させるだけだ。
そして、その連鎖に終わりはない……
暴力を暴力で返すことは、暴力を増殖し
星のない夜の闇をさらに深めてしまう。
闇に闇を追い払うことはできない。
それができるのは光のみ‐――
憎しみに憎しみを消し去ることはできない。
それができるのは愛のみ‐――
(マーチン・ルーサー・キング、p120~121)
それができるのは光のみ‐――
憎しみに憎しみを消し去ることはできない。
それができるのは愛のみ‐――
(マーチン・ルーサー・キング、p120~121)
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