アウシュヴィッツの強制収容所で亡くなったというメスキータの作品展に行ってきた。メスキータも、ゴッホのように、生涯を通じて自らの姿を数多く描いている。
その中の一つが、『メメント・モリ(頭蓋骨と自画像)』である。メメント・モリは、ラテン語で「いつか必ず死が訪れることを自覚していきなさい」、「死を忘るなかれ」という意味の警句だというが、何ともリアルな表現である。
ナチスの犠牲になったメスキータの作品と彼の数奇な運命を、多くの人に知ってもらいたいものである。
1941年頃からドイツ軍占領と健康悪化のため家にこもってドローイングを描く日々を送っていましたが、1944年1月31日から2月1日にかけての深夜に一家でナチスに連れ去られ、強制収容所に送られてしまいます。そして、メスキータ夫婦は2月11日にアウシュヴィッツで、息子のヤープは3月30日にテレジェンシュタットで亡くなりました。
「だまし絵」で有名なマウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898-1972)は、メスキータの教え子でした。・・・。メスキータがナチスによって連行された後、もぬけの殻になった師の自宅を訪れたエッシャーは、残された作品を救い出し美術館で保存してもらうよう尽力しました。ドイツ兵の靴跡のついた作品1枚を死ぬまで大切に保管していたというエピソードも残されています。戦後のエッシャーは、メスキータとの二人展を開催するなど師の顕彰に努めました。


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