2024年5月7日火曜日

命あっての物種

 朝日新聞(2024年5月6日)に「ウクライナ、生命線は砲弾 『ローテク兵器』生産急ぐ米国」という題の一面記事が、真っ赤に熱せられて砲弾を検査している写真と一緒に掲載されました。記事中に、砲弾の運命というべきものが書かれていました。それは、

 ここで生み出される砲弾は、約8千キロ離れたウクライナで、自らの国と自由、民主主義を守ろうと戦う兵士にとっては文字通り生命線だ。一方、ロシアのプーチン政権が送り込む若い徴集兵を殺傷する凶器でもある。
 というものです。まさに大量の凶器が堂々と生産されているのです。一方でそうした凶器によって殺傷されて市民の悲劇が報道されることがあります。凶器によって殺傷されて市民の悲劇を報道するなら、殺傷兵器の存在が犯罪に近いことを報道すべきだと思います殺傷兵器がなければ、殺傷兵器による市民の悲劇は起きないからです。
 確かに、ロシアの暴挙には許し難きものがあります。しかし、だからといって、「自らの国と自由、民主主義」には、人の命をかけて守るに値するだけの価値があるわけではありません。命を失った家族にとっては、たとえ独立を失っても、命があったほうがいいと思うに違いありません。歴史には、そうした例がいくつかあります。江戸城の無血開城なども良い例です。「命あっての物種」なのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿