現実には求めれない理想郷を造り出し、造り出すことによって自分を遊ばせるということは、たいへん贅沢なことである。これ以上贅沢なことはないかも知れない。自然を構成しているあらゆる要素を使って、自分が理想とする小宇宙を創造するのである。鉄斎は一生を通じて、そうしたことによって自分を楽しませた画家であるかも知れない。阿倍仲麻呂も、王元之も、東坡も、仙人も、隠者も、鉄斎によって、彼の創造した仙境に配されたが、そうした人物はまた鉄斎自身であると言っていいだろう。
ここ十数年来、私は鉄斎描くこうした仙境に無関心ではいられなくなっている。そうした作品の前に立っていると、いつか自分がその絵の中に入って行かざるを得なくなる。この世ならぬ仙境であることを知っていればこそ、その中に入っていきたくなる。(井上靖著「鉄斎の仙境画」『富岡鉄斎展図録 生誕百五十年中国展帰国記念』、富岡鉄斎画、鉄斎美術館編集、朝日新聞社、1987年)
鉄斎が描いた理想郷は、一個人にとってのものでした。一個人の理想郷というものを手を変え品を変えて描きました。理想郷を追い求めた画家と言っても良いのかもしれません。
「印象派モネからアメリカへ ウスター美術館蔵」展(郡山美術館)を見てきましたが、画家ドワイド・ウィリアム・トライオンは、目の前の風景を「理想郷的な光景に変貌させている。・・・画家は、このような田園風景の喜びを繰り返し描いている」(作品「秋の入口」解説)。彼は、「一つの土地を知り尽くすことを重視した」(作品「川・日暮」解説)そうです。理想郷を追い求めたという意味で、トライオンも鉄斎と同じではないか、そう思って見てきました。
そのとき、一つの想像がはっきりと見えてきました。
日本国憲法も理想を描いています。その理想も、多くの人がいろんな形で描いています。そうした多くの理想を集めてみよう、トライオンや鉄斎のように、日本国憲法も理想を追い求めてみたい、そう思えたのです。
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