著書の中で帚木蓬生さんは、作家黒井千次氏の言葉「それにしても、とあらためて考えざるを得なかった。謎や問いには、簡単に答えが与えられぬほうがよいのではないかと。不明のまま抱いていた謎は、それを抱く人の体温によって成長、成熟し、更に豊かな謎へと育っていくのではあるまいか。そして場合によっては、一段と深みを増した謎は、底の浅い答えよりも遙かに貴重なものを内に宿しているような気がしてならない」を紹介して、次のようにネガティブ・ケイパビリティを説明しています。
実はこの思想に、著書『ファウストとホムンクルス:ゲーテと近代の悪魔的速度』(マンフレート・オステン 著、石原 あえか訳、慶應義塾大学出版会、2009年)で展開しているゲーテの文明批評と相通じるところがあって興味深いところがあります。
全くそうです。ネガティブ・ケイパビリティは拙速理解ではなく、謎を謎として興味を抱いたまま、宙ぶらりんの、どうしようもない状態を耐えぬく力です。その先には必ず発展的な深い理解が待ち受けていると確信して、耐えていく持続力を生み出すのです。(上同、p77 )
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