2024年5月6日月曜日

詩「冬枯れの美」

 詩的な表現の文章にが、なぜか心に響きました。そこで、その文章に改行を加えるなど、編集加工をして一編の詩にして見ました。私にも、「ずっと問い続けてきた」問いがあります。平和への道、永遠平和への道とは、どのようなものか、どうすれば実現できるか、そんな問いです。ですから、私にとっての「ゆらめく灯の光」は、日本国憲法大9条の光です。
 それでは、私にとっての「冬枯れの美」とは、どのようなものでしょうか。それこそ「新しい老いのビジョン」であり、そのビジョンとは、「次の時代のための豊かな腐葉土=冬枯れの美」です。それは、「何ものからも解き放たれた自由」を目指す家庭の生き様ではないでしょうか。「冬枯れの美」と思われるような生き様に向かって、さあ、出航です。
  詩「冬枯れの美」
新しい老いのビジョンへの船出をしよう。
  これから、
  何ものからも解き放たれて自由になろう。

ずっと問い続けてきた、芸術とは何か。
  それは、人生の航海のなかで、ゆらめく灯の光。
  それは、魂。わたしを駆りたて、夢みるもの。

冬枯れの美がある。
  樹は実を落とし、落葉は次の時代のための豊かな腐葉土となるよう。
  画家として、
  捨てることによって得る根なるもの、
  ラジカルな存在でありたい。(『アジアを抱く・画家人生、記憶と夢』、富山妙子著、岩波書店、2009年、p272より、改編)
 [詩「冬枯れの美」の元となった文章]
 新しい老いのビジョンへの船出をしよう。これから、何ものからも解き放たれて自由になろう。
ずっと問い続けてきた、芸術とは何か。
それは、人生の航海のなかで、ゆらめく灯の光。
それは、魂。わたしを駆りたて、夢みるもの。
冬枯れの美がある。樹は実を落とし、落葉は次の時代のための豊かな腐葉土となるよう。
画家として、捨てることによって得る根なるもの、ラジカルな存在でありたい。(『アジアを抱く・画家人生、記憶と夢』、富山妙子著、岩波書店、2009年、p272)

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