それでは、私にとっての「冬枯れの美」とは、どのようなものでしょうか。それこそ「新しい老いのビジョン」であり、そのビジョンとは、「次の時代のための豊かな腐葉土=冬枯れの美」です。それは、「何ものからも解き放たれた自由」を目指す家庭の生き様ではないでしょうか。「冬枯れの美」と思われるような生き様に向かって、さあ、出航です。
詩「冬枯れの美」
新しい老いのビジョンへの船出をしよう。これから、何ものからも解き放たれて自由になろう。ずっと問い続けてきた、芸術とは何か。
それは、人生の航海のなかで、ゆらめく灯の光。
それは、魂。わたしを駆りたて、夢みるもの。冬枯れの美がある。樹は実を落とし、落葉は次の時代のための豊かな腐葉土となるよう。
画家として、捨てることによって得る根なるもの、ラジカルな存在でありたい。(『アジアを抱く・画家人生、記憶と夢』、富山妙子著、岩波書店、2009年、p272より、改編)
[詩「冬枯れの美」の元となった文章]
新しい老いのビジョンへの船出をしよう。これから、何ものからも解き放たれて自由になろう。
ずっと問い続けてきた、芸術とは何か。
それは、人生の航海のなかで、ゆらめく灯の光。
それは、魂。わたしを駆りたて、夢みるもの。
冬枯れの美がある。樹は実を落とし、落葉は次の時代のための豊かな腐葉土となるよう。
画家として、捨てることによって得る根なるもの、ラジカルな存在でありたい。(『アジアを抱く・画家人生、記憶と夢』、富山妙子著、岩波書店、2009年、p272)
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