2023年6月22日木曜日

生きること=エントロピーの逆転

 これまで書いてきたエントロピーと生命の本質」や「エンタルピーこそが平和への道」のように、今、エントロピーの理解が、健康、生き方、社会のあり方までを理解するキーポイントではないか、と思い始めている。自然の法則として、無秩序に向かうことをエントロピー増大の法則というのだから、生命現象は、エントロピー増大の法則に逆らうことだと思ってきたのだ。やはり、そうだった。「食べることが、エントロピー増大に抗する力を生み出す」(『生物と無生物のあいだ』、福岡伸一著、講談社現代新書、2007年、p150)ということは、生命現象そのものだからである。
 ハクスレ-も、「生きることはより大きなシステムのなかで一時的なエントロピーの逆転である」(『ハクスレ-の集中講義』、オ-ルダス・著 、人文書院、1983年、p109)と述べているが、同じことである。これらのことを詳しく説明すると、

 生物は、その消化プロセスにおいて、タンパク質にせよ、炭水化物にせよ、有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解し、そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから吸収しているのである。なぜなら、その秩序とは、他の生物の情報であったものであり、自分自身にとってはノイズになりうるものだからである。
 とはいえ、シュレーディンガーの省察のうち、食べることが、エントロピー増大に抗する力を生み出すという部分は、彼の意識のレベルにかかわらず、的確なものであった。(『生物と無生物のあいだ』、p150)
 である。しかし、それだけではなかった。
 何と、エントロピーが芸術にも関係していた。生命現象が生み出す「秩序がもたらす美」が存在する、と次のように説明されていたのだ。それに、『エントロピーと芸術 : 秩序と無秩序に関する考察』(R.アルンハイム著、関計夫訳、創言社、1985年)という本まで出版されている。ということは、文化活動一般に”生命力を高める力がある”ことでもあると言えよう。
 員殻は確かに貝のDNAがもたらした結果ではある。しかし、今、私たちが貝殻を見てそこに感得する質感は、「複製」とはまた異なった何物かである。小石も貝殻も、原子が集合して作り出された自然の造形だ。どちらも美しい。けれども小さな貝殻が放っている硬質な光には、小石には存在しない美の形式がある。それは秩序がもたらす美であり、動的なものだけが発することのできる美である。
 動的な秩序。おそらくここに、生命を定義しうるもうひとつの規準(クライテリア)がある。そのことを考えるためには、DNAの世紀が開始された一九五〇年代からさらにすこしだけ時間と場所を遡る必要がある。(『生物と無生物のあいだ』、福岡伸一著、講談社現代新書、2007年、p135)

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