人間の認識過程における抽象化(具象化)概念について、「理性に訴える(感情に訴える)」と捉える見方は、とても新鮮だった。抽象化の深度というのがあるとすれば、深度が深くなるほど、つまり、抽象化されるほど、理解が難しい理由が、これで分かった。逆に、徐々に抽象化を進めていけば、理解が進むということもわかってきた。
また、「自然・自己一元の生を写す、これが短歌」であるという説は、俳句にも言えることであろう。「青蛙負けるな一茶ここにあり」という俳句も、そこに自然と自己が”一元化”されている。「自然・自己一元の生」とは、よく言ったものである。
後で分かったことだが、斎藤茂吉の「短歌に於ける『写生』の説」は、斎藤茂吉全集14巻で読めるし、彼の随筆も、全集で読めるようだ。一度ゆっくり読んでみたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿