2023年6月6日火曜日

作られた空気に抗して

 いまも、世界のあちこちで戦争が続いている。
 戦争をする国の支配者は、「自分の戦争は正義の戦いだ」と言って、新聞やラジオやテレビに国が発表した通りのことを伝えさせる。そのため、「戦争の最初の犠牲者は真実だ」と言われるくらい、国民に本当のことは伝わらなくなる。その上、戦争に反対する人は捕まるから「こんな戦争はおかしい、やめよう」と思った人がいても、言うのは命がけになる。
 国民が言いたいことを言えないように支配者がするのは、その方が都合がいいからだ。つまり、国全体が賛成していることにして、戦争を続けることができるということである。

 かつての日本も、そうだった。
 本当は戦争に負けていたのに、国は「勝ち続けている」という嘘の情報を発表し続け、新聞やラジオも国が発表した通り伝えた。その嘘のニュースを信じて、多くの日本人は浮かれていた。
 そういう時の空気はとても恐ろしい。集団で興奮して感情的になるからだ。そうして、国のために力を合わせて戦うのが正義、戦わないなんて日本人じゃない、という支配者のねらい通りの空気ができあがる。
 すごいのは、そんな 空気のなかで戦争に反対した人が少数でもちゃんといたことだ。でも彼らは捕まった。「国のすることに反対する意見を言ってはいけない」という法律があったからである。
 結局、「正しい情報」もなく、「少数意見を大事に」することもなく、多数決はどんどん間違って日本の戦争は悲惨な終わりをむかえた。(『「くうき」が僕らを呑みこむ前に 脱サイレント・マジョリティー』、山田健太・たまむらさちこ作、理論社、2023年、p60〜63を基に、接続詞を加えるなどして編集して紹介する)
 ここに、戦時中の”戦争賛美の空気”が簡潔に述べられている。それでは、現代社会には、”空気なるもの”は存在しないのだろか。残念ながら、今でも存在している。安保容認論などは典型的な”空気”と言って良い。しかし、まだ自由はある。今のうちに、作られた空気に抗していくことが求められている。

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