住井すゑさんの言葉は、読んでいて清々しいのはなぜだろうか。「歯に衣を着せぬ」からかと思ったが、どうも、それだけではない。清々しさの大元は、「本質に迫る」迫力を持っているからに違いない。「武器という名の殺人凶器を捨てること、それなくして、人間の尊厳は成立しない」と訴えた次の文章も、迫力を持って迫ってくる。
人類は他の生物とともに、地球に生きることで、地球存在の調和に役立つ。そのように調和に役立っている人類を、人為的に殺戮することは、そのまま地球破壊の大罪ではないのか。
「国を守る」という美名の下、人類を犠牲にする大罪から、人間は目覚めねばならない。武器という名の殺人凶器を捨てることが、いかに差し迫った必要かをさとらねばならない。それなくして、人間の尊厳は成立しない。(「志の人花森安治」『住井すゑ作品集第8巻』、新潮社、1999年、p304)
この文章の元になった花森安治さんは、「武器をすてよう」という長編詩を書いている。そこに、世界に向かって、武器を捨てよう、と「十回でも百回でも千回でも、世界中がその気になるまで、くり返し、くり返し、呼びかけ、説き訴えなさい」と書いている。「いつかは、その日がくる。/辛抱づよく、がまんをして、説き、訴え、呼びかけよう」と。
こうして読んでみると、こうした努力が足りなかったのではないか、と痛感する。なんとかしたいものである。
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