2023年4月1日土曜日

思想における平和的共存

 統一地方選挙が始まった。しかし、以前のような野党共闘の機運の高まりはない。野党は「小異を捨てて大同につく」という猿でもわかるような原則を忘れてしまっているようで心許ない。そこに野党攻撃や共産党攻撃らしきものも現れているから、この辺でなんとかしなければ、アメリカにモノも言えない自民党政権を倒すことはできない。
 ではどうすればいいのか。
 一つのヒントは、「思想における平和的共存」という課題への挑戦であろう。そうした課題に取り組んだ思想家小田切秀夫・竹内好などの業績を受け継ぐことである。まずは、
「思想における平和的共存」の大まかな考えだけ、引用しておく。

 小田切秀雄氏が、平和的共存の原則を思想の分野に適用して、「思想の平和的共存(1)」ということを提案したのは、平和五原則の発表された翌年(一九五五年)のことだった。
(1)小田切氏のつぎの二著を参照。『人間の信頼について』(講談社)、『さまざまな思想の新しい関係について』(河出新書)。
 日本文化人会議第九回総会(一九五五年十二月)においてこの小田切提案をとりあげた粟田賢三氏は、その論点をつぎのように要約している。「小田切氏は、共産主義者と非共産主義的な進歩的知識人との協力はどうしたらうまくゆくかということについて、共産主義者の自己批判という形で問題を展開しています。協力がうまくゆかないのは、マルクス主義者が自己の立場以外の哲学を、すべて下らないものとしてやっつけるからである。だから、協力をしっかりしたものにするためには、知識人はおたがいの思想を、なんらかの程度で積極的に評価しなければならない。マルクス主義者も、それ以外の思想的立場から学ぶことができるはずだ―これが簡単にいえば、小田切氏の思想の平和存という考え方の内容であります。」(小松摂郎編『日本の知談人』法律文化社、九六頁)私は、「おたがいの思想をなんらかの程度で積極的に評価しなければならない。」という主張に注目したい。小田切氏は、その立脚点をはっきりとマルクス主義もしくは共産主義においているのであるが、彼の提案の根底には、マルクス主義を唯一の真理体系とみる「一元論的」価値観ないし世界観にたいする否定の精神がみとめられる。(『現代日本の思想 第11巻』、岩波書店、1957年、p220-221、強調は引用者による)

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