一般の葬儀となると、高い戒名代に始まり、献花など、どう考えても、商業ベースに貫かれている。それに対し「蜷川氏は、そのおのぞみ通り、通夜もなく、供花もなく、憲法一冊を胸に抱いて棺におさまってゆかれ」たという。
ここで気づいたが、それでは、住井すゑさんの最期はどうだったのだろう。と同時に、どのような準備をすれば、蜷川虎三氏のような最期を迎えることができるのだろう、という疑問が生じた。
京都府知事在任中、「憲法をくらしの中に……」とのねがいから蜷川虎三氏は憲法の小冊子を作り広く府民に配られた。
(中略)
ところが、去年の二月末、その蜷川氏が逝かれ、告別式は三月一日なのを私は知った。
私は心重く、その日のテレビニュースに目を向けていた。すると、
「……俺が死んでも通夜は要らぬ、供花も要らぬ。むくろ(原文は傍点)は灰にして賀茂川にでも流してくれ……、生前そう言っておられた蜷川氏は、そのおのぞみ通り、通夜もなく、供花もなく、憲法一冊を胸に抱いて棺におさまってゆかれました……」。(住井すゑ著、「憲法と蜷川氏と減反と……」『あすの農村』 1982年5月、新日本出版社、p50)
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