サルトルによる恐ろしい警告を発見した。「歴史が原子兵器を廃棄するか、さもなければ原子兵器が世界を吹きとばすであろう」(『世界』、1954年9月、p33)という警告であり、予言である。なぜか。「原子兵器はプロックをつくりだす、それは恐怖を生みだす、またそれは、人民による監督なしに投げられるが故に、数名の人間の手中にある恣意的な力を表すものである。いままでは、怒りや過失やいろいろな誤算は全体としての歴史の中では大した影響のない偶発事に止っていた。現在ではそれらは恐るべきものとなりうる。数名の指導者の気まぐれは歴史の要因となりうるからである」(上同)。
続いて、我々がどうすればいいのか。それについても具体的に次のように示されている。なお、改行を多くして読みやすくしている。
諸国民の任務はそれ故二つある。
第一に、原子爆弾に対抗する団結を形成すること、いたるところで、戦争に代える平和を、抽象的な対立に代えるに友好開係をもってすること、いたるところで平和の勝利をかちとり、原子兵器に爆発の機会も口実も与えないことである。朝鮮で、インドシナで平和を回復し、ドイツの統一を実現しなければならぬ。諸国民の具体的な団結の前で、原子恐喝の抽象的性格を明白ならしめることが必要である。
第二に、恐怖とたたかわねばならぬ。五大国の代表者が集って原子兵器の製造及び使用の決定的な禁止をなすことを、国民は要求してきたが、今後も要求しつづけるであろう。これらの二つの任務は、また、われわれ平和大会の任務でもある。
われわれはわれわれの努力を倍加しなければならぬ。過去の歴史はしばしば戦争によって作られた。戦争が世界の滅亡を意味する今日では、歴史は、平和の中でのみ、また平和によってのみ、作られうる。(上同)
以上は核兵器に関して言及したものだが、核を扱うという意味で、原子力発電所にも言えることである。しかも、原発の場合は、偶発事では終わらず、大惨事を何度も起こしている。にもかかわらず、懲りずに邁進しているのが現状である。サルトルの声に耳を傾けて欲しいものである。
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