ところが、1952年の時点で、自民党政権を独裁政権そのものではないか、と次のように喝破していた論文を読んだ。国会審議の議事録を読んだ感想を、
私の得た印象を一口に申しますと、もはやこれは討論の、相談ずくの場所ではない、ということです。予算案の審議や行政協定の質問答弁を見ますと、相談ではなくて、決定を多数の「威力」で押しつけております。まことに絶対多数党とは、このような暴力がふるえるものなのでしょうか。せめて、絶対多数党の内部で、民主的な討議が行われて、そこで決定が出されるなら、まだしもですが、この様子では、とても望みえないことです。決定はすべて、少数の最高権力者の、胸三寸にあると思わなければなりません。これが独裁でなくて何でしょう。しかもその独裁は、民主主義の名で呼ばれているのです。(「憲法と道徳」『竹内好全集 第6巻』、筑摩書房、1980年、p36)
独裁政権にも、慣れてしまったのだろうか。それは困る。これからその実例を一つ一つ積み上げていく必要があるのかもしれない。「これが独裁でなくて何でしょう」である。
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