そこで今回は、裁判に関する改正改と、警職法改正について取り上げてみる。
雑誌『世界』(1955年9月)に、家永三郎著「国民は裁判を批判する権利と義務をもつ 田中最高裁判所長官に対する公開質問状」なる論文が掲載された。そこに、旧憲法には請願令第十一条の「請願ヲ為スコトヲ得す」があって、そのため「裁判に対する批判には大きな制限が加えられ」(p121-122)ていたのに対し「現憲法は言論出版集会結社請願等の自由を完全に保障することにより、裁判に対する批判を制約する一切の法律的制限を撤廃」(p122)されたことを紹介し、田中最高裁判所長官に対しての批判を展開している。これこそ、戦後民主化の一つの実例であり、見本でもある。
戦後になって、警職法も大きな改正があった。それがどんなものかを語った、生き証人の言葉を次に紹介する。この言葉も、戦後民主化の生き生きとした証言である。
敗戦までは、道を歩いていても交番が気になって、なるべく交番の前は通らぬように心がけ、どうしても廻り道できないときは全神経が片側に集るほど緊張して、しかし表面はさりげない風をよそおって、通りすぎた後でホッと息をつくといった状態でした。いつ呼びとめられるかわからないし、呼びとめられたら身体検査される危険があるからです。電車の中などでも会話にずいぶん気をくばったものです。いつ私服に腕をつかまれるかわからないからです。喫茶店で長時間ねばるのは危険だし、アベックで歩くのも禁物でした。その息苦しさは、思い出しても身の毛がよだちます。解放後しばらくの間は、この習性が抜けなくて、交番の前を通るときは、反射的に緊張しました。そして、ああ、もうその必要はないんだ、と気がついたとき、吸う空気のうまさは格別でした。「公共の安全と秩序」はいかにも大切でしょう。しかし、自由の味覚と引きかえにされるのはまっぴらです。(「警職法改正と戦前の警察」『竹内好全集 第6巻』、筑摩書房、1980年、p423-424)
0 件のコメント:
コメントを投稿