とは言え、一気に”戦争へ突入”といった事態になっては困る。自然災害なら諦めもつこうが、人災を招いてしまっては、未来社会の人々に、何とお詫びをしていいかわからない。だからこそ、問題解決の優先順位の先頭に、「戦争を未然に防ぐ」課題を持ってきたい。その課題が、難問なのだ。
ここで、”急がば回れ”という先人の知恵を借りれば、直球勝負で防衛論議に臨むよりは、社会学や哲学といった広い概念の議論が求められていると言えよう。今、「新しい哲学が求められている」のである。どのような哲学かといえば、『人類を救う哲学』(梅原猛・稲盛和夫著、PHP研究所、2009年)である。梅原猛さんの本を読んでいると、新しい哲学の構築は日本人に課せられた使命ではないか、とさえ思えてしまう。次に引用した仏教とキリスト教の対比には説得力がある。仏教と日本国憲法を持った日本にこそ、”人類を救う哲学”が誕生するのかもしれない。
仏教の戒律では第一に、「殺すなかれ」と説いています。その対象は「有情」、つまり人間だけでなく動物まで含みます。それらを「殺すなかれ」というわけで、だからお釈迦さんは菜食生活で、肉食をしないのです。
一方のキリスト教では、「殺すなかれ」は十戒のうち六番目です。モーセの十戒には、一番目から五番目までは「ヤハウェの神以外を信じるな」という戒めと考えてよい。「殺すなかれ」にしても「同じ神を信じている人間を殺すなかれ」で、これは逆にいえば「他の神を信じる人間は殺してもいい」ということです。実際、そのほうが現実的で、国家同士の戦争が起きたとき、「他の国民を殺してかまわない」という論理を生み出します。(『人類を救う哲学』、p 122)
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